ヨーロッパ自動車の旅


 大学4年最後の春休み。 そう、行くなら今しかないのだ…




  ドイツミュンヘンの街並み。
日本とは全く違う世界がそこにはありました。


  春に行ったのですが、想像以上に寒かった。(-10℃)
アルテ・ピナコテーク絵画館とドイツ博物館にも足を運びました。


  ミュンヘン市庁舎近くの変なモニュメント。これは出目金か?


  お昼頃。仕事中の人もオープンカフェでビールを飲んでます。さっすがドイツ!


  場所は変わってこちらはパリです。ドイツ→フランスは飛行機で移動。
写真はノートルダム聖堂の前にて。
1163年着工。完成までに200年近くかかったというゴシック建築の教会


  ルーブル美術館の前にて。
芸術の街、パリを散策する。美術学校(Ecole nationale superieure des arts decoratifs)と
パリ第五大学(Universite de Paris 5)内を見学し、パリの学生気分を味わう。
えらそうなことを書いてはいるが、小心者の僕はやや挙動不審だったかもしれない…


  所謂、サモトラケのニケです。圧倒的な存在感と躍動感。
失ったその両手により魅力が倍増しているように思います。
しかし、はっきり言ってココは広すぎる!


  こちらはオルセー美術館です。
印象派の作品を中心にした美術館です。僕はこっちのほうが好きかも。


  フランスでは地下鉄の中で音楽を演奏する人が普通にいます。
周りの人も日常という感じでした。
イーネ、こういうの!


  いよいよ自動車でスタート。地図を持っていなかったので、シャンゼリゼ通りで購入。
AVISの怪しいお兄さんから車を借りました。
会社のコンピュータが壊れて営業できないとか言ってました。
なんだかよくわかりませんが、車を貸してもらって出発。
まぁいい車だったから良かった(^^)v
(下地図を参照)


  パリから車を走らせひたすら南下しました。
車はマニュアル・左ハンドル、信号よりロータリー、やたらスピードを出す、
駐車するときは他の車にぶつけて止まるなど、交通事情が日本とは違います。
ただ、一番困ったのが「フランス語がわからない」ということ。地図や標識の解読に苦労…


  フランス中部Valence南側のぶどう畑にて。
この地方はローヌ川沿岸地域、コート・デュ・ローヌといわれ、
Hermitageというワインの産地として有名な場所です。
ちなみに毎日、車中泊です。


  アビニョンから南東に10kmほどのOrgonにて。
小高い丘の上の古城と教会を中心に、ひっそりとした町並みでした。


  Aix-En-Provenceを過ぎたところで昼食をとりました。
メニューは日本から持参したカップラーメン(塩味)です。
残念ながら、完全にお湯が冷めていました。


  南下を続けて2日目ついに地中海に出ました! Hyeresという街です。
郵便局でテレカルト(フランス版テレカ)を購入し、日本に電話をかけてみました。


  Gassinにて。コートダジュールが一望できる。
「フランスの最も美しい村協会(L'association Les Plus Beaux Villages de France)」
という認定制度があり、ここはそのうちのひとつだそうです。
下説明参照


  朝、起きたらそこはバス停だったため、人々が車の前に並んでいました。寝顔を見られたか。。。
写真はEzeにて。このあたりは典型的な「鷲の巣村」といわれる場所です。
鷲の巣村では敵から身を守るために丘の頂上に城が築かれ、
斜面にへばりつくようにぎっしりと民家が詰まっており、
これを縫うようにして複雑な路地があちこちに広がっています。


  第一級指定都市、Mentonにて。
青い空、青い海。。。


  こちらもMenton。
ヨットハーバーがあり、バカンスを楽しむブルジョアジーとともに贅沢な雰囲気を楽しみました。


  Mentonの市場でオレンジを購入。
この先、Nice、Monte-Carlo(モナコ)を通り、San Remo(イタリア)に入る。
フランスとは違ったイタリアの文化を感じました。


  サンレモから北西に折り返すようにして車を走らせました(下地図青道)。
ここからは鷲の巣村を重点的に攻め入る。
この写真はSospelのVieux橋の近くにて撮影。細くて入り組んだ町並みです。
おじ様たちがペタンクというスポーツを楽しんでいたのが印象的でした。


  人口1035人のLuceramにて。
観光客が入ることはほとんどない古城の町です。
立ち寄った当日は、幸運にも村の祭りが行われており、にぎやかな雰囲気でした。


  第一級指定都市Peillonにて。知る人ぞ知る、究極の隠れ古城の町。
狭い悪路を走り抜けて初めて見えてくる町並み。
城壁の内部は、何百年も前の空気がそのままよどんでいるかのようでした。
上級編。  


  Niceに戻って、車を西へ西へと走らせました。途中Cannes付近のマック内でデジカメを充電。
写真はPerpignan駅にて。ここからは電車で国境を越え、スペインに入りました。


  バルセロナでは偶然にもバルサの試合を観戦することができました。
試合結果はバルサのオウンゴールによってまさかの引き分け。
前の席に座っていたおじさんのリアクションが素晴らしかったのが印象的です。


  巨匠ガウディーの力作、グエル公園(parc guell)にて。
現在は公園として存在していますが、本来ガウディは近未来の住宅地を構想して設計した街です。
あまり知られていませんが、このグエル公園には雨水をためる貯水タンクがあり、写真のトカゲは余った水を調節・放水することを目的として設けられたものです。
さらに公園内にあるいびつな柱は、雨水を送るためのパイプになっています。


  こちらはサクラダファミリア。中に入って上にあがってはじめてわかりました。
建築物の中にいながら、怖い。そして厳かさを併せ持つ。ガウディーは本当に凄い人です。
それにしても1954年に着工してからまだ完成しないとは。。。
見たところ、建設工事は毎日普通に行われているようです。
やっぱり凄い。。。


  スペインのホテルにて。
やっぱりホテルはいいですね。
車中泊とは違って、風呂があるから♪


  フランスの地図です。
今回、自動車で旅したところを示しています。



「フランスの最も美しい村」認定制度

(1)概略
 この制度は、1982年に「フランスの最も美しい村協会(L'association Les Plus Beaux Villages de France)」が組織されたことから始まる。協会は、小規模ながら歴史的な遺産に富み、街並みが美しく、その景観保護に力を入れているコミューンに対して、「フランスの最も美しい村」としての認定を行う。認定を受けたコミューンは、旅行ガイドブックなどで紹介され、観光を中心とした村おこしの重要な役割を担っている。また、フランス国内での認知度も高く、「フランスの最も美しい村」は、旅先を決定する際の1つの判断材料として活用されている。

(2)認定の手続き
「フランスの最も美しい村」認定の手続きは、コミューンからの応募により始まる。応募時の条件として、以下の3つの条件が揃っていなければならない。
(1)「認定地域の住民数が概ね2000人以下であること」
(2)「認定地域内に歴史的、文化的に重要な遺跡が最低2つ存在していること」
(3)「コミューン議会において応募のための議決を得ていること」
協会の審査委員会は、コミューンから提出された所定の応募書類により、現地調査を実施するコミューンを選考する。

 現地調査は、通例2名の審査委員が概ね1〜2週間の期間、調査を受けるコミューンに滞在して行われる。審査の基準として、認定地域に存在する遺跡の歴史的価値、建物の保存状態、街並みの美しさ、環境、美しい村として認定するための妥当性など、27の項目のチェックを行う。またこれ以外にも、その地域の自然保護団体、環境保護団体からのヒアリングなども行われる。

 現地調査の結果は、審査委員により報告書としてまとめられ、協会の組織する認定委員会に提出される。認定委員会がこの報告書をもとに最終審査を行い、審査に通ったコミューンが、晴れて「フランスの最も美しい村」の認定を受けることになる。
 2004年1月現在、141のコミューンが「フランスの最も美しい村」の認定を受けている。

(3)認定後の義務
 認定を受けたコミューンは、協会の会員として迎え入れられ、文化的・歴史的街並み保存とその啓発活動の責務を負う。同時に、協会の運営資金として年にコミューンの人口数×2ユーロの会費(2007年以降は、2.7ユーロに値上げ予定)を協会に支払う義務が生じる。また、認定後は5年に1度、協会による再評価を受けることも義務付けられている。